PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

© Keita Yasukawa

制限の中から生まれる美

スポーツにおける制限は「ルール」です。
ハンマー投げではサークルの大きさやネットの間口などが、すべて決められています。「その制限のなかで何ができるか?」を、アスリートは自らに問いかけ、「どうしたら遠くへ投げることができるのか」を考え、トレーニングから試行錯誤を繰り返す。
「ルール」という制限を設けないと、考えて努力するスポーツの醍醐味から、外れてしまうアスリートが出てきてしまうかもしれない。ルールがあるからこそ、競技の本質を追求する楽しさに触れることができ、ライバルとの真剣勝負に面白さを感じられるのでしょう。

私が尊敬する国文学者の先生が、「制限を与えるから美しさが生まれる」と仰っています。私も同感です。スポーツに「美」は大切で、制限・ルールの中から美しさが生まれると、私は考えます。

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1975

競技成績だけを追い求めるのではない:アスリートとしての気づき

1984年のロサンゼルス五輪、初めて生で観戦した五輪です。観衆がひとつの生き物のように盛り上がり、地響きのような歓声がスタジアムを包んでいました。当時はまだ9歳で、ぼんやりではありますが、いつか自分もこの舞台に立ちたいと思ったことを記憶しています。
人生の転機をあげるなら、成田高校への進学です。競技の面において、個性を大切にしてもらうと共に、当時のハンマー投げの世界チャンピオンと練習する機会を得るなど、様々な人からの刺激を受けました。
一方で、陸上部の監督のもとで下宿生活を送り、「競技成績が良いだけではいけない」ということを学びました。スポーツ選手も社会の一員であり、社会で生き抜いていくために大切なことがあると、気づかされたのです。
この気づきは、オリンピアンだった父や監督の力添えに対する感謝の気持ちと共に、今も私のなかで息づいています。

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© Julian Finney/gettyimages

自身を追究するおもしろさ

私自身がスポーツに感じる楽しみや幸せは、自分なりの新しい技を発見し、それが結果に結びつくことであり、さらに言えば世の中の常識を覆すことです。ハンマー投げの世界において、「体重が100キロ以上でなければ80メートルを超える投てきはできない」と考える人が多かったなかで、90キロ台の私がコンスタントに80メートルを超える投てきをする──できないと言われてきたことを成し遂げるのは、最高に面白い。スポーツの醍醐味でしょう。
スポーツには、自分自身を成長させ、追求していくおもしろさがある。だから、スポーツを記録や金メダルだけのためにやるのはつまらないし、もったいないと思います。
大会での順位はもちろん大切です。ただ、優勝した投てきが『最高のパフォーマンス』ではありません。
自分のなかですべてを出し切ったという達成感と順位は、必ずしも重なり合わない。なかなかそうならないからこそ、最高のパフォーマンスが結果につながるように努力していくのかもしれません。

AGE 46
1975
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© Keita Yasukawa

芸術的な意味を包含する、スポーツにおける「完璧」を目指して

スポーツにおける「完璧」という言葉には、芸術的な意味が込められていると感じますし、アスリートである限り、つねに完璧を目ざして努力するべきだと思っています。「ベストを尽くす」ことと「完璧をめざす」ことは違っていて、ベストはその時々で変わります。つまり、高校生の自分と現在の自分では、ベストと呼べる状態が異なるわけです。しかし、ベストを追い求めないと何も得られないし、何も自分に帰ってこない。ベストを尽くす先に「完璧」があるのかもしれません。
少しでも完璧へ近づくには、努力のベクトルが大事です。私の情熱や努力が正しい道筋から外れないために、自分を客観視してくれるコーチなどの存在は欠かせません。
将来、他ならぬ私自身も、「完璧」を追求する自分以外の誰かを客観視していく立場になりたいと思います。
かつての自分が周囲の支援に助けられて成長できたように、次の世代をサポートしていくことは自分の役割だと考えています。

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© Keita Yasukawa

ユースへ、スポーツを通して自身を誇れるように

制限・ルールの中から「美」は生まれる。例えば、一般社会では法律に触れない薬であっても、アスリートが正当な手続き無く服用したらドーピングとして競技生命の危機に陥り、社会的に厳しい視線が向けられます。
アスリートの立場だけでなく、社会的信用をも失ってしまう。そのようなルールの中で、不正行為に決して手を染めることなく、自分の持っているポテンシャルを最大限まで引き出そうとしていることに、アスリートは誇りを持っていい。そこに「美」は生まれる。
私はスポーツにある「美」を追求することを通して、自分自身に向き合い、アスリートとしてだけでなく、人間として成長できたと感じています。次は、多くの若い人たちがスポーツを楽しみ、スポーツを通して人間的な成長を、自身を誇ることができる環境を整えることが、私の中の“truth”です。
2020年、オリンピック・パラリンピックが東京で開催されます。東京大会を1つのチャンスとして、スポーツを通してアスリートが自身を誇れるように、そして、そこから生まれる「美」を通してスポーツの社会的価値を、私は高めていきたいのです。

生年月日
1974年10月8日生まれ
国籍
日本
種目
ハンマー投

15歳の時、進学先の成田高校にて名監督であった故・瀧田詔生監督に師事。様々な競技体験をした後、父重信氏の徹底した指導のもとハンマー投げをはじめる。
2004年アテネオリンピックにて、日本人の投てき選手としてはじめて金メダルに輝く。2011年世界陸上テグ大会では男子最年長優勝者として金メダルを獲得。世界陸上とオリンピック両大会での金メダル獲得は、日本人初の快挙。
現在、アスリートファーストの大会の実現を目指し、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクターに就任。 各競技団体(IF、NF)、各国オリンピック委員会(NOC)、各国パラリンピック委員会(NPC)との調整を行う。