© Yuki Saito
BMXには、一般的なスポーツと違って、全世界共通の『BMXカルチャー』があります。BMXに乗ることも見ることもたのしくて、先輩も仲間も皆でたのしんでやっています。言葉が通じなくても、そのたのしさを共通言語にして、みんなお互いに理解し合えるのがBMXカルチャーなんです。そういう『たのしむ』とか『あそぶ』という気持ちが一番大切だと思っています。
2017年にBMXフリースタイル・パークが、東京2020オリンピック競技大会から正式種目になって、『競技』として科学的にトレーニングをしたり、『アスリート』と呼ばれたりなど、今までのBMX業界になかったことが増えています。ファッションとしてのBMXも含め、全世界共通のBMXのカルチャーは残していきたいです。日本のオリンピックシーンでのBMXの在り方は、これから私たちが作っていかなければいけないけれど、BMXを100%『スポーツ=競技』にはしたくない、というのが、今の正直な気持ちです。
そういったもどかしさや、日本を代表する『チームジャパン』の一員としての責任、後に続く日本の女子ライダーたちのために道を拓く使命感など、葛藤を感じることは多々あります。それでも、BMXに乗るときは『全力であそんで、全力でたのしむ』という想いを根底に持っていたいと、常に思っています。
小さい頃から、BMXでも、勉強でも、何事もたのしんでやるのが一番だと思っていました。「オリンピックが決まっていろいろ大変だろうけど、水杜のスタイルは崩さずにたのしんで乗ってほしい」と言ってくれる人も、周囲に大勢います。
全力であそんで、全力でたのしむ。そのうえで、果たすべき使命や責任にしっかりと向き合う。それが、私がBMXから得た大切なスタイルです。
© Minato Oike
2017年アメリカで開催された『X GAMES』などのメジャー大会に参戦するため、仕事を辞めて家も引き払ってアメリカに渡りました。本音を言えば不安もいっぱいありましたが、招待制の大会なので、今挑戦しなかったら、いつ次のチャンスが回ってくるか分からない。そして、「このチャンスを逃したら誰がこのチャンスを拾うんだ」と思い、「リスクはあるけれどチャレンジできる可能性があれば、絶対にチャレンジしておかなければ!」と考えました。
チャレンジすることは恐怖も大きいけれど、それを乗り越えて得るものも大きい。競技前はすごく緊張しますし、新しい技に挑戦する時など、失敗するんじゃないかという恐怖心に負けそうになることもあります。そういう時は、まず、その技に挑戦している自分の姿をイメージしてみることにしています。そのイメージの中で、もしすでに自分が失敗しているんだったら、今は止めて別の技に切り替えます。もしそこで成功のイメージが描けているんだったら、勇気を振り絞ってチャレンジする。そうすると、本当にイメージ通りに飛べるものなのです。
事前に成功をイメージする。それは、小さい頃に航空ショーで見たアクロバット飛行のパイロットを見たことがきっかけです。その頃そのパイロットにすごく憧れていて、飛び立つ直前からずっと彼のことを観察していました。するとそのパイロットが操縦桿(そうじゅんかん)を握っているように手を動かして、空中での自分の動きをひたすらイメージしているんです。今では私も競技前に同じことをやっているので、「あのパイロットがやっていたのは、こういうことだったんだ」と、幼い頃の思い出と現在の自分が重なっています。
© Yuki Saito
BMXは基本的にコーチも監督もいないので、基礎的なメニューをこなしてから自分の飛びたいライディングを繰り返すなど、自由に普段の練習を組んでいます。息詰まった時はBMX以外の好きなことをして、練習は忘れて気分転換するのも私のスタイルです。
一方、2017年にBMXフリースタイル・パークが、東京2020大会から正式種目となり、監督やメディカル、メカニックもついた日本代表の強化指定ナショナルチームが誕生しました。これは世界でもかなり先駆的なもので、海外でもここまで体制が整った国はありません。アドバイスやメンテナンスなどのサポートを受けられるのは有り難いことですが、BMXは最終的には個人でやるスポーツ。だから、監督やチームの皆のアドバイスを聞き入れつつも、自分として絶対譲れない部分は譲らない、という姿勢でいます。
それでも、日本代表としてチームで活動している自分が、自分自身にとっても新鮮です!みんなで同じジャージを着て、一緒に合宿をして。代表として参加したワールドカップの大会では、思わず日の丸を振って応援している自分がいました。意識はしていなくても、日本を背負って日本の皆さんの応援を受けて合宿し、ワールドカップに出られているんだということを実感し、必然的に日本代表としての自覚が芽生えていることに気づかされました。
代表選手になってから心掛けるようになったのは、言葉遣いです。自転車に乗る時は、たのしんで声を上げたり、はしゃいだりと、これまで通りでいればいいと思いますが、普段の生活や人前ではきちんと落ち着いた言葉遣いが大切です。そういう良い意味でのギャップをもつことも必要なんじゃないかなと考えています。オン・オフやメリハリをつけるのは簡単ではありませんが、BMXカルチャーの良いところも残しつつ、日本代表としてちゃんと身に付ける部分は身に付けないといけない。その両立は難しいと思いますが、これも、自由にたのしむことと、日本代表として責任を果たすことの間に生まれる、葛藤の一つなのかもしれません。
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BMXフリースタイル・パークが東京2020大会の正式種目に決まった時点では、金メダルは私には絶対に届かない夢の話でした。けれど、2018年5月にフランスで開催されたワールドカップFISEで初優勝したことで、その夢が具体的な目標に変わったのです。あとは、その目標を達成するための道筋を立てれば、間違いなく金メダルはもっと身近なものになってくると思っています。
また、今後は私より年下の女子ライダーをしっかり育てたいと考えています。先を行く選手として私が彼女たちを引っ張っていき、いつかは自分を越える選手を育てていくことも、自分の使命だと考えています。
たとえば、恐怖心といかに戦うか。BMXは、正直恐怖心と伴う競技なので、普通の世界ではあり得ないような極限の精神状態に陥ることが多いんです。私自身もその恐怖心とかなりしんどい思いをして戦ってきているので、年下の子たちには、先輩として自分の経験を踏まえたアドバイスをして、その子に合った恐怖心の乗り越え方を一緒に考えてあげたい。また、今の子どもたちが大きくなって海外を目指す時には、それまでに私が得た仲間とのパイプをどんどんつないであげるなど、私の海外での経験を活かしてあげたいと思っています。
私自身、先輩からとても影響を受けましたし、学ぶことが多々ありました。強化指定メンバーの高木聖雄選手は、子どもの頃からの憧れだし、チームジャパンの中でも、とても信頼のおけるお兄さん的存在です。いつもみんなのことを明るく引っ張ってくれて、一人一人を深く観察し、多方面からアドバイスをくれます。高木選手から学んだことを、今度は私が後輩に伝えていく番だと思っています。
実際、日本の女子ジュニア世代はみんなすごい実力を持っていて、すでに海外から注目を浴びている子もいます。私としても今は国内で競い合う女性選手がいないので、下の世代が育って私を追ってきてくれたら、刺激になってうれしいなとも思っています。
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何事もたのしむことが一番という考え方は、今でも変わりません。
たのしくなければ、スポーツでも仕事でも、すべてがつまらなく、嫌なものになってしまいます。だから、まずはたのしむことが最優先。私がBMXをここまで続けてこられたのも、自分がたのしく乗ることを最優先しているからこそだと思います。
私はBMXカルチャーが好きで始めたわけで、オリンピック競技になるなんて、想像もしていませんでした。けれど、オリンピックの正式種目となった今、BMXにも、『アスリート』としても、これまでと違う在り方が求められるかもしれません。ただ、私にとってはカルチャーとして、ファッションとしてのBMXが好きなところでもあるので、その根本を変えたくはない。でも、オリンピック競技の日本代表として、しっかりするべきところはきちんとしていたい、という両方の希望があり、その葛藤の中にいます。
今自分に与えられたチャンスを逃さず、たのしさの先にある自分とBMXの可能性を拡げ、BMXフリースタイル・パーク女子をリードしていく存在でありたいと願っています。
そして何より、BMXに乗る子どもたちの憧れ、お手本になりたいです。「辛いけど、この状況をたのしもう!」とか、BMXでもそれ以外の部分でも人生をたのしんでいる私の姿を小さい子たちが見て、お手本にしてほしい。たのしく元気に笑ってチャレンジする私のスタイルを貫き通して、BMXだけではなくライフスタイルや人間としても憧れられるような存在になることが、私の夢です。
静岡県、島田市生まれ。
幼少からモトクロスや、バイクトライアルをたのしむ。中学2年生でBMXフリースタイル・パークに転向。
2017年夏、仕事を辞め単身渡米し『X GAMES』などに参戦。2018年5月、フランスモンペリエで行われたBMXフリースタイルワールドカップで初優勝。東京2020オリンピック競技大会で金メダルを目指す。日本女子初のプロライダー。