PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

© Keita Yasukawa

Truth in Sport

夢があるから頑張れる

私はこれまでレスリング一筋の人生を歩んできました。
元レスリング選手の父が引退後に指導者として活動していたことと、その影響で2人の兄がすでにレスリングをやっていたこともあり、私は物心ついた頃にはすでにレスリングを始めていました。
元テニス選手だった母も含め、吉田家は全員そろって負けず嫌いの性格です。 負けず嫌いとは、読んで字のごとく、負けるのが嫌いということですが、負けないためには強くならなくてはなりません。誰にでも理解できる単純明快なロジックですが、実際に行動に移すとなると、そう簡単なことではありません。

強くなるためには、何をするべきか。人それぞれに方法やアプローチがあると思います。
私の場合は、とにかく鍛錬あるのみ。そして「絶対負けない」という強い気持ちで挑み続けることです。
アスリートとして最高のパフォーマンスを発揮するためには、“心・技・体”のバランスが重要であると言われますが、私が最も重きを置いているのは『心』です。技を磨くことや、トレーニングで強靭な身体づくりをすることはもちろん大切です。ただやはり一番大事なのは精神力です。
最後に勝つのは『心』の強さが勝った選手だと思います。

「何のためにこんなにキツいことをやっているんだろう」と、いつも思います。
でもそこで頑張れるのは、やはり夢があるからです。
目指すものがその先にあるからこそ、そして同じ夢をもつ仲間たちがいるからこそ頑張ることができるのです。

True Moment in Sport

吉田沙保里 Saori Yoshida

© AAron Ontiveroz

age
1982

『強さ』とは

私のレスリング人生は、父が開いていたレスリング教室でスタートしました。3歳のときのことです。
厳格な父のもと、最初はやらされているという意識でしたが、中学生の頃には自ら目標を掲げ、強いアスリートになるべく練習に取り組むようになっていました。
オリンピック出場という明確な夢を抱くようになったのもその頃のことです。
その後大学に進学し、栄和人監督と出会いました。父に負けないくらい、とにかく厳しい指導者でした。当時は嫌で仕方なかったですけど、逃げ出さずに頑張れたのは、やはり夢があったからです。

レスリングに限ったことではありませんが、勝負の世界で勝者はたった一人。残りはみんな敗者です。
それでも、敗者はみんな弱いのかといったらそうではないと思います。
絶対に勝ちたい、強くなるんだという気持ちでトレーニングに励み、試合に挑むことが大切なのであって、たとえ負けたとしても、その努力が無意味になることは絶対にありません。
本気で頑張った人だけが得ることができる『強さ』は、人生の糧となり必ずや活きてきます。

今は亡き父が、指導するうえで当時こだわっていたことは、試合の勝敗自体よりも、その内容でした。はたしてその試合で攻めきったのか否かという点です。もしかしたら、父は本当の『強さ』とは何かを教えてくれていたのかもしれません。

レスリングが日常のこととして存在していた吉田家に生を受け、その後、栄監督に出会ったこと。
このことが、アスリートとしてのみならず、人間・吉田沙保里の礎を築いたことは間違いありません。

吉田沙保里 Saori Yoshida

© Keita Yasukawa

新しい一歩

リオデジャネイロ2016オリンピック大会から1年以上がたち、現在私は現役選手としてトレーニングに励みながら、レスリング女子日本代表コーチとして指導者の立場も担っています。昨年、母校の大学の副学長に任命して頂き、メディアに出る機会も増え、以前までのレスリング一筋とは少し違った生活を送っています。
レスリングだけにひたすら打ち込んできた自分にとっては、これまで交わる機会のなかったフィールドの人たちから新しい刺激を受け、楽しみながら勉強させてもらっていますが、こと指導者に関しては、更なる勉強が必要だと感じています。
褒めたり、叱ったり、鼓舞したりする際、どんなことを言っても、相手に響かなければ意味は成しませんし、感覚や気持ちのことを言葉にして相手に伝えるというのはとても難しいことです。

アンチ・ドーピングに関しての知識も今後更に広めていく必要があると思っています。
幸い、女子レスリング界にはこれまでドーピングの問題はほとんどありませんでした。
ただ、何か起こったときに「知らなかった」で済まされることではないので、自分の飲食物は常に目のつくところに置いておくといった基本的なことから、どのように自分の身を守り、ひいてはレスリングというスポーツ自体をクリーンに守ることができるのか、今後知識を深めていく必要があると思います。アンチ・ドーピングの研修会に参加するだけではなく、私自身は普段の会話の中で、後輩たちに気を付けるポイントを教えたりしています。
そして、私たちアスリートがフェアに戦うため、アンチ・ドーピング活動は欠くことのできないものだと考えています。
他競技の選手などでドーピング検査で陽性になったニュースを見聞きすると、「せっかく世界のトップレベルまで上り詰めたのに、もったいないな」と思ってしまいます。
『強さ』を追い求めるとき、決してそこには行かないはずですから。

FUTURE

吉田沙保里 Saori Yoshida

© Keita Yasukawa

夢を追い求めることの素晴らしさを伝える

レスリング一辺倒の生活から少し距離を置いている今、またあの厳しい世界に100%身を投じてみたいとふと思うこともあります。ただ、2020年までとなると、そこはまだ悩み中です。

レスリングをしてきたからこそ学べたことや貴重な経験は多々あります。それらなくしては、今の自分は全く違った存在になっていたはずです。
ゆくゆくは自分が得てきたものを次の世代に伝え、レスリング界を更に盛り上げていきたいと思っています。

今の女子レスリングの後輩たちは、成績という点ではとても頼もしいと思います。ただ、油断せずに頑張ってほしいです。もっともっと普段の練習から積み重ねていってほしいですし、私もコーチとしてサポートしていきたいと思っています。
周囲からは将来的に指導者の先頭に立って欲しいといった期待の声も聞こえてきますが、私自身は、指導者の「長」よりも、他のコーチ陣みんなと協力してアドバイスしていく今のポジションがちょうど良いのではと考えています。

夢を持つことの大切さ。
夢は、重なる苦境にも負けずに挑み続け、ようやく叶うものであること。
夢は、そこまでしても追い求める価値があるものだということ。
そんなことを私なりの方法で伝えていけたらと思います。
レスリングを離れたところでは、一女性として、結婚、出産、そして幸せな家庭を築きたいです。
やはりそこでも夢は追いかけていたいですね。
人生は一度きりだから、自分のやりたいことや、その時にしかできないことに集中して、悔いのない人生を歩んでいきたいと思います。

Truth in Me

吉田沙保里 Saori Yoshida 吉田沙保里 Saori Yoshida 吉田沙保里 Saori Yoshida 吉田沙保里 Saori Yoshida

© Keita Yasukawa

常にプラス思考で

レスリングを通して私は『強さ』を身につけることができましたが、そのなかで、負けず嫌いな性格と合わせて有利に働いたのは、ポジティブな性格です。
アスリートの自分と日常の自分で性格を変えることはできないので、負けず嫌いなところは普段の生活でも変わりませんし、生まれつきのポジティブな性格はレスリングをしているうえでも大きなプラスとなっています。
負けず嫌いなので、何事にもまず挑戦します。ただそれがその場では無理なことだと分かれば、すぐに割り切り、その時できることに集中してそこに全力を注ぎ込む、その切り替えも早いです。これは、ポジティブな性格を持ち、プラス思考で物事をとらえないとなかなか難しいことだと思います。

“負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じること。駄目になりそうなとき、それが一番大事。”(※)
これは有名な歌の歌詞ですが、自分自身のこれまでの人生をひもといてみると、すごく当てはまるフレーズです。 何事にも負けず、投げ出すことや逃げ出すことなく、自分を信じて、ずっと戦い抜いてきたので。

人生最大の悔しさを味わったリオデジャネイロ2016オリンピック大会決勝の敗戦で学んだ大きなことがあります。
それは、自分は決して一人ではないということです。
負けた人にしかわからない気持ちを感じたことで、私はそれまで自分一人で頑張ってきたのではなく、応援してくれる人たちや、日頃から共に切磋琢磨する仲間、そして、試合で戦うライバルたちの存在があったから頑張ってこれたんだということを再認識しました。そして、そういった周囲の人々をリスペクトすることの大切さを更に深く理解することができました。

人間としてまた一つ成長することができた今、あの敗戦は私の人生にとって大きな意味を持つものであったと、ポジティブにとらえています。

私はこれからもポジティブに夢を追い求め生きていきます

(※)大事MANブラザーズバンド「それが大事」 作詞 立川俊之

吉田沙保里 PLAY TRUE2020

吉田沙保里

生年月日
1982年10月5日生まれ
国籍
日本
種目
レスリング

1982年、三人兄妹の末っ子として三重県に生まれる。自宅の道場で父から指導を受け、3歳からレスリングを始める。

個人戦206連勝、オリンピック3大会連続金メダル(アテネ、北京、ロンドン)、世界大会(オリンピックと世界選手権)16大会連続優勝と輝かしい成績を収めた。

リオデジャネイロ2016オリンピック競技大会において銀メダルを獲得。現在は、現役を続けながら、日本女子代表コーチとして後進の指導にあたっている。