PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

© Keita Yasukawa

Truth in Sport

栄光に近道なし

Aim for the highest cloud, so that if you miss it, you will hit a lofty mountain.
“いつも空の一番高いところにある雲を目指そう。そうすれば、もしそこに手が届かなかったとしても、高峰の頂に立つことはできる。そこから一番高い雲はそう遠くないはずだ。” これは古くから伝わるマオリ族の格言で、アスリートとして自分の礎になっている言葉です。

私は日頃から高い目標を掲げ、そこに向かって惜しみない努力をすることを心がけています。悔いなき最大限の努力です。そうすることで、たとえその目標に到達できなかったとしても、自分のやってきたことに誇りを持つことができますし、その努力の成果は私自身を成長させ、次なる目標に向かって走らせてくれます。 

栄光や成功、目標達成に近道はありません。
不正をして目標への近道をすることは楽かもしれませんが、それはただのその場しのぎにしかならず、その不正はいずれ暴かれ、裁かれます。

もしクリーンな道から逸脱しているとしたら、家族や友人、スポーツに希望を持つ子どもたちやファンのみんなの前に立ったとき、果たして心から笑うことができるでしょうか?
不正をして勝つことで得るものと、正々堂々と敗れることで得るものとを秤にかけてみれば、それは一目瞭然のことだと思います。
私は、誇りを持って流す悔し涙の美しさを大切にしたいです。その悔し涙がさらなる努力の活力源となり、真の栄光へ導いてくれると信じています。

True Moment in Sport

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© Elish McColgan

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1990

「走る」ということ

両親が元陸上選手ということもあってか、私は幼少時代から足が速く、体を動かすのが大好きでした。それでも両親から走ることを強要されたことは一度もなく、当時はホッケーやテニス、時にはゴルフもしていました。
身体的に活発であった反面、恥ずかしがり屋で人前に出ることがとても苦手な性格でした。嫌なことを忘れたいがために走り回っていたようなもので、走っているときだけが自由に自分を表現できるという感覚を、子どもながらに持っていたように記憶しています。

「ただ好きだから走る。好きなことだから努力を惜しまず打ち込める」というそれまでの姿勢に大きな変化をもたらした出来事があります。それは、ロンドン五輪の3,000m障害で決勝進出を逃した半年後、2013年1月に参加したケニアでの強化合宿です。
ケニアの高地にあるイテンという町では、数多くのトップアスリートたちが日々トレーニングに励んでいます。
そこで目の当たりにした競技に取り組むアスリートたちの姿勢は、私にとって衝撃的なものでした。彼女たちにとって、走ることは人生をより良くするためのチャンスを与えてくれるものであり、生活の一部ではなく生活そのものだったからです。
当時私は大学にも通っており、仕事もしていたので、走ることは「趣味」の延長のようなとらえ方だったかもしれません。
しかしケニアでの経験を通し、私は固く決意しました。
私も彼女たちのようになりたい。ワールドクラスのアスリートになりたい。
そのためには何をすべきか。自分にとって「走る」ことはどのような意味をもつのか。自分自身と向き合うきっかけにもなりました。
アスリートとして、もうワンステップ成長することができた、大きなターニングポイントです。

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© Michael Steele / gettyimages

試練を乗り越えて

2012年のロンドン五輪と翌年1月のケニアでの強化合宿を経験し、フィジカルとメンタルの両面で大きく成長することができました。その後、大学を卒業しアルバイトを辞め、フルタイムのアスリートとしてスタートを切りました。

私が今、自らを信じ走り続けていられるのは、陸上選手として輝かしい成績を残してきた母の多大なる影響なくしては考えられません。
母は1988年ソウル五輪の女子10,000mで銀メダルを獲得した2年後に私を産み、その翌年1991年、世界陸上東京大会の女子10,000mで金メダルに輝いています。出産の直前までトレーニングを続け、出産後ほどなくしてランニングを再開したと聞きました。
母が綴っていた当時の練習日誌を見ると、彼女のたゆまぬ努力の一端が分かります。

その母から大学卒業時に贈られた言葉は、「ここからが本当の試練。頑張りなさい。応援している」といった厳しくも温かいものでした。

そして、試練はさっそく訪れました。
ケガです。
大きな手術に踏み切る必要もあったため、今年(2015年10月取材時)はこれまで一歩も走ることができませんでした。アスリートにとって10ヶ月間という長きに渡り走行距離ゼロということは、とても堪え難くもどかしいことですが、治療の経過に伴い、暗く長く曲がりくねったこのトンネルにもようやく終わりが見えてきました。
もしかしたら、トンネルを抜けた先には新たに険しい急斜面が待ちかまえているかもしれません。しかし、それがリオ五輪へ続く道のりだとするならばなおさらのこと、リハビリ期間中に改めて強く感じることができた「走ることへの情熱」を胸いっぱいに、前に進むだけです。

クリーンなアスリート人生を全うし、たくさんの試練を乗り越え、トップまで駆け上った母は私にこう言います、「私にできたのだから、あなたにもできる」と。
成功を収めた元アスリートの母が、親として、そしてコーチとして身近にいるということ。これ以上にない最高のロールモデルを母に持ち、私は恵まれています。母のおかげで、試練をもポジティブにとらえる心を、自然と身につけることができるようになりました。
尊敬する母の言葉を信じ、そして自分自身を信じ、まずはリオ五輪に向け、その先も挑戦を続けていきたいと思っています。
クリーン・アスリートの可能性を証明するためにも。

FUTURE

Inspire a generation
世代を超えて、スポーツの美への新たな息吹

Plant trees you’ll never see.
“(たとえ大木に成長した姿を将来目にするチャンスがないとしても)長い目をもって苗木を育てよう。”

努力がいつ報われるかは誰にもわかりません。報われて体現する形もそれぞれです。
例えば、必死にトレーニングに励んだ結果、オリンピックで金メダルに輝いたとします。もちろんこれもひとつの形ではあります。しかし、例えば、小学校入学以来こつこつと頑張ったおかげで卒業までに逆上がりができるようになった。これもとても立派な努力の賜物です。
どちらの成果が大きくどちらが小さいと比較できるものではありません。

近隣の学校で子どもたちとふれあう機会があるときは、小さな苗木を植えるような気持ちを持っていつも接しています。
私の影響を受けて走り始め、将来オリンピックに出場するまでになる子どもが現れるかもしれません。または、ふさぎ込みがちだった子どもが、みんなと校庭を走り回るようになってくれるかもしれません。
トップアスリートになることや、金メダルを獲得することがみんなに当てはまるゴールではありません。スポーツにはより大きな価値があることを伝えていきたいと思います。

真のロールモデルから良い刺激をもらい、それをより良い形で次世代へ繋ぐ。そういった流れが、新しいリーダーを育て、スポーツ界の未来をより明るいものにしてくれると信じています。
私はまだ25歳の現役アスリートですが、引退したアスリートの方々と共に、クリーン・スポーツ推進・普及の一端を担う機会を既にいただいています。
同世代や次世代の若いアスリートに向け、クリーン・スポーツの素晴らしさを発信し続け、共に声をあげるクリーン・アスリートの同志をもっともっと増やしていけたらと思っています。
そして、みんなでスポーツの美をさらに磨き、クリーン・アスリートの先輩たちから受け継いだものをより良いものにして、次の世代に手渡していきたいです。

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© Keita Yasukawa

Truth in Me

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© Keita Yasukawa

真っすぐ先を見据え生きる

元陸上選手を両親に持ち、物心ついたときから走り続けている私にとって、スポーツなしに自分自身を語ることはとても難しいことです。 かけっこは速いけれども引っ込み思案な女の子が、スポーツを通し、アスリートとして世界で戦えるまでになりました。
今後クリーン・アスリートとして世界に挑み続けるためにも、アンチ・ドーピングを含めたクリーン・スポーツのメッセージを発信し続ける必要があります。自分自身のことだけでなく、次世代を担う子どもたちのロールモデルとなり、良い影響を与えることは私の責務だと思っています。

これまでスポーツを通して世界の様々な国を訪れ、異文化と触れ合い、多くの素晴らしい人たちと巡り会うことができました。また、トラック内で競い合いトラック外で笑いあえる親友もたくさんできました。彼ら彼女らとの出会いは、私の価値観をより広げ、豊かなものにしてくれました。

高い目標に向かって揺るがない決意を持ち、失敗を恐れずに取り組むこと。
スポーツを通して学んだ全てのことは、今もこれからも、スポーツの場面のみならず、様々なフィールドで活かすことができる人生の「価値」そのものです。

私の人生は現在進行形です。これからまだまだ続きがあります。
アスリートとして、ひとりの人間として、今後さらにスポーツとともに成長してきたいと願っています。
遠まわりすることを恐れず、堂々とした生き方を選んでいきたいです。
成功したときも、たとえ失敗したときも、その過程に誇りを持ち、後悔なき晴れ晴れとした笑顔でいられるように。

エイリッシュ・マッコールガン PLAY TRUE2020

エイリッシュ・マッコールガン

生年月日
1990年11月25日生まれ
国籍
イギリス
種目
障害物競走・中長距離

1990年生まれ。
翌年に開催された世界陸上東京大会に参加する母と共に来日。
母リズ・マッコールガンは女子10,000mにおいて見事金メダルに輝く。

幼少期よりスポーツに親しみ、13歳の頃から母の指導を受ける。
2011年ヨーロッパ選手権にてシニアデビューした後、自国開催となる2012年ロンドンオリンピック3,000m障害に出場。 翌年ダンディー大学を卒業し、フルタイムアスリートとしてのスタートを切る。

現役アスリートとしての競技生活のかたわらUKアンチ・ドーピング ロールモデルアスリートとして多くの国際的イベントに参加。クリーンスポーツの普及に貢献している。