PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

Photo:Keita Yasukawa

Truth in Sport

スポーツから学んだポジティブな連鎖

スポーツは、私にとってパワーの源です。
スポーツは、チャレンジする勇気を与えてくれます。
障がい者スポーツは、社会を動かす原動力になります。

私にとって、卓球は勇気を与えてくれるパワーの源です。
私が卓球と初めて出会ったのは小学生のときのことです。卓球をしている健常者の友人たちの輪の中に勇気を持って飛び込んだことがきっかけです。
思いのほか上手にプレーする私を見て、彼らは一気に私を仲間として受け入れてくれました。
それは私にとってとても大きな出来事で、勇気を持つことで道は開けると感じることができた初めての経験です。
それ以来続けてきた卓球で、私の人生は、とても明るくポジティブに、そして力強く広がっていきました。
たとえ障がいがあったとしても、まずは自分自身とポジティブに向き合うことです。それによって、社会に飛び出していく勇気を得ることができます。前向きな感情を持ち、積極的にコミュニケーションをとることで、周囲の環境にとけ込むことは容易になります。
ポジティブなエネルギーは、周囲のポジティブなエネルギーを引きつけるチカラがあります。
私はそのポジティブな連鎖を、スポーツを通して学んできました。

しかしそれでも、世の中には私たち障がい者のことを、まるで重病人のように扱う人たちがまだまだ多く存在します。障がいの度合いは人それぞれ違いますが、私のように、その気になればスポーツをすることができる障がい者たちもいます。そういった人たちがスポーツをすることで、社会全体の障がい者に対する偏見をくつがえすことができると私は信じています。

私たち障がい者にとって何よりも大切なことは、「できないことは何か」を考えるのではなく、常に「できることは何か」を考えることに集中することです。

True Moment in Sport

K.C. ディーパック
1978

スポーツが与えてくれた勇気・自信・パワー

私は1歳のときに骨結核という病気にかかり、それによって脊髄神経を損傷したと聞いています。
その後徐々に下半身が麻痺していったらしいのですが、当時のネパールの医療技術は、その原因を突き止め治療するというレベルにまで達していませんでした。原因が骨結核だったということが判明したのは、だいぶ後になってからのことです。
物心ついた頃にはすでに車椅子で生活をしており、自分の足で立っていた頃の記憶はありません。
しかし私は、これまで、自分自身を不幸に思ったことはありません。

小学生の頃に出会った卓球をはじめ、スポーツをすることで得た勇気・自信・パワーで、様々なことにチャレンジしてきました。その一つが勉強です。
カトマンズ工科大学とトリブバン大学で建築工学を学び、車椅子の障がい者としては国内で初めて建築工学学士を取得しました。
障がいがあるからできないとか、前例がないからできないというのは、チャレンジしない理由にはなりません。
ただ、もしスポーツをしていなければ、学士号取得にチャレンジしようとはおそらく思わなかったでしょう。
加えて、物事を違った角度から考察することができるようになったのもスポーツのおかげです。

小学生のときに勇気を振り絞ってチャレンジした卓球。
これが全ての原点です。

K.C. ディーパック

Photo:Keita Yasukawa

パラスポーツ推進者として、建築家として、こつこつと

現在私は、アジアパラリンピック委員会アスリート委員にはじまり、ネパールパラリンピック委員会副幹事長や、ネパール障がい者卓球協会創立者としてなど、多岐にわたり障がい者スポーツ推進のための活動機会をいただいています。
ネパールのパラスポーツはまだまだ発展途上にあります。パラリンピック大会を例に挙げると、ネパールは、2004年にアテネで開催されたパラリンピック大会以降参加を続けています。しかし残念ながら、国際パラリンピック委員会の特別枠で1〜2名の選手が参加するまでにとどまっています。
国の財政支援がパラスポーツの領域まで行き届かないという厳しい現実が大きな要因なのですが、だからこそ、私のような立場にいる人々が力を尽くす必要があります。
多くの人々はスポーツがもたらす感動を知っています。しかし、その中でもパラスポーツが、より感動をもたらす可能性を秘めていることを知る人の数は、まだまだ多くありません。
それを広めていくには時間がかかるかもしれませんが、草の根レベルの活動をこつこつと続けることが大切だと思っています。

障がい者スポーツの推進活動と平行し、建築家として、バリアフリーのインフラ整備を推進する活動にも力を入れています。
しかし、ネパールにおいてバリアフリーはいまだ目新しいものです。その上、北部にヒマラヤ山脈が存在していることからもわかる通り、平地がとても少ないという地理的条件から、この活動はとても難しいものであることは確かです。
それでも10年前と比較してみると、ネパールにおけるバリアフリーはだいぶ進んできています。私はそこに希望を見いだしています。
こちらの活動に関しても、何よりも大切なことは、とにかくこつこつと続けていくことです。

age 42
1979

若い世代の背中を力いっぱい押してあげたい

私が若い頃、ネパールにおけるパラスポーツの環境は乏しいものでした。
そのため私は、障がい者卓球選手として、国内では第一線でプレーしてきましたが、大きな国際大会などに出場した経験がほとんどありません。今の若い選手たちには、積極的に海外に出ていき、自らの可能性にチャレンジしていって欲しいと願っています。
私の役割は、そんな若い選手たちの背中を力いっぱい押してあげることです。私自身、スポーツに出会っていなければ、自分の殻を破って飛び出す勇気など持てなかったと思います。
だからこそ、せっかくやる気や才能があるのに機会に恵まれず、などという状況をなくすよう取り組んでいきたいと思っています。

それと同時に、忘れてはならない大切なことが一つあります。
それは『パラスポーツにとって、競い合うことは、必ずしも重要ではない』ということです。
スポーツをすることで得られる勇気や自信、あるいは、そこに秘められた社会を動かせるほどの大きな影響力。それこそがパラスポーツの一番の魅力だと思います。

ネパール社会の障がい者に対する意識改革はいまだ途上にあります。改善への働きかけは、絶え間なく継続していかなければなりません。未来のネパール社会のより良い発展のために、国内のパラスポーツの発展は欠かせません。

2018年にはインドネシアのジャカルタで、第3回アジアパラ競技大会が開催されます。それに向け、多くの観衆を魅了するパフォーマンスができるパラアスリートをたくさん育てていきたいと思っています。
その先に見据えるのは、東京2020パラリンピック競技大会です。
国際パラリンピック委員会の特別枠での参加という小さなものではなく、正式なネパール代表チームとして、東京に向けて背中を思い切り押してあげられるよう活動していきたいです。そして、アジアのパラアスリートにとって、東京大会がレガシー創造の舞台となることを願っています。

K.C. ディーパック

Photo:Keita Yasukawa

Truth in Me

K.C. ディーパック K.C. ディーパック K.C. ディーパック K.C. ディーパック

Photo:Keita Yasukawa

全ての人間はイコールである

私はこれまで、人々の愛あるサポートに、そしてスポーツに、パワーを与えてもらい生きてきました。
だからこそそんな私には、今、障がいを持つ子どもたちをサポートする責任があります。そして、自らの経験や知識を活かし、より良い社会を構築する責任があります。
スポーツをすることで得られる自信や、周囲に受け入れられたという快感は、人生をより楽しいものにしてくれます。
まずはとにかく勇気を持って一歩踏み出すことです。そうしない限り、二歩目三歩目はありません。そして、あまりくよくよせず、スポーツで心を鍛え、前に進んでほしいです。

身体のどこかに一つ障がいがあるというだけで、全人格を障がい者としてひとくくりに隔ててしまう風潮が、社会にはいまだ蔓延しています。健常者と何ら変わらない生活を送ることができる軽度の障がい者がいる反面、重度の障がいを抱え、スポーツをしたくてもそんなことが叶わない人々もたくさんいます。『障がい者』と『健常者』という言葉で単に2分化してしまうこと自体が間違っているのです。
障がいの有無にかかわらず、私たち人間は助け合って生きていかねばなりません。
ネパール国民の多くは、そのことを、2015年4月のネパール大地震の際に身をもって経験しました。
あのような大災害を前にして、私たちは気づかされたのです。人間は等しく無力であり、命の重みは皆同じであることに。そして、祖国の復興のために、互いを尊重し協力していかなければならないことを。
甚大な被害をもたらし、多くの命が犠牲になったとても悲しい出来事ではありますが、もしそこに後世に残すべきレガシーが一つあるとすれば、それは、被害に合いながらも生き延びることができた人々が抱いた『全ての人間はイコールである』という考え方です。

しかしそれでも、障がいに対する一般社会の考え方を完全に変えることは、決して容易ではありません。時間がかかります。
私たちにとって最も重要なことは、継続していくことです。
『全ての人間はイコールである』というメッセージを社会に向け訴え続けること、若い世代に語り伝えること、そして子供たちに教育することです。
私は、ポジティブに勇気を持って人々の先頭に立ち、このメッセージを発信し続けていきます。

K.C. ディーパック PLAY TRUE2020

K.C. ディーパック

生年月日
1978年1月18日生まれ
国籍
ネパール連邦民主共和国
種目
パラ卓球

1978年 ネパールに生まれる。1歳の頃、骨結核を患い下半身不随となり、以後車椅子での生活を余儀なくされる。
長じて、カトマンズ工科大学とトリブバン大学で建築工学を学び、車椅子の障がい者としては国内で初めて建築工学学士を取得する。
2007年、日本企業のアジア太平洋障害者リーダー育成事業の研修生として日本に留学。 主に、ユニバーサルデザイン、障がい者スポーツ等について学ぶ。10か月間の間に東京、愛知、兵庫、大分などで研修を行う傍ら、第8回東京都障害者スポーツ大会に出場し金メダルを獲得する。

現在は建築家として、祖国ネパールのバリアフリー化を推進しながら、アジアパラリンピック委員会アスリート委員、ネパールパラリンピック委員会副幹事長、ネパール障がい者卓球協会創立者として、未来のパラアスリートたちのサポートに従事している。